世田谷美術館|グランマ・モーゼス展に行ってきたお話

世田谷美術館、グランマ・モーゼス展、素敵な100年人生、西洋絵画、美術館巡り

本記事は【グランマ・モーゼス展 (世田谷美術館)】に行ってきたお話です。

この絵画展の主役、グランマ・モーゼス (意訳:モーゼスばあちゃん)はアメリカの国民的画家 (1860-1961)で、本展覧会は彼女の生誕160周年を記念したものです。

で、この絵画展の感想ですが、結論から言うと、「僕、ばあちゃんの孫になりたいッ!」でした。

助手

「絵が良かった」とか、「感動した」とかじゃなくて、養子希望が感想なのか……

bon

そういう意味では、自分の美術鑑賞に対する姿勢が一新した規格外なイベントだったねぇ

というわけで、今回はいろいろと学び (反省)があった展示会「グランマ・モーゼス展-素敵な100年人生-」の魅力を綴っていきたいと思います。

ここでは語りつくせないほど濃ゆい展覧会でしたが、本記事で取り上げる魅力を以下の3つに絞ってみました。

  • ロックなモーゼスばあちゃん
  • 喩えるなら「綾波レイ」
  • ばあちゃんに首ったけ

これらの魅力の詳細を読み終えたとき、アナタはきっと、「自分もばあちゃんの孫になりたいッ!」という欲望に悶えることでしょう。

助手

ツッコミどころは全部無視するとして

副題の響きがイイな、「素敵な100年人生」か

目次

魅力①|ロックなモーゼスばあちゃん

bon

最初の魅力だけど、何といってもモーゼスばあちゃんがロックであること、これにつきるね

助手

どゆこと?

カリスマ的存在ってこと?

bon

そうね、自分が半日で「おばあちゃんっ子」になったくらいのカリスマ性は備えているね

てか、ちゃんと画家としても突き抜けてるよ

なんと本格的に描き始めたのは70代になってからとか、初の単独ライブ (個展)が80歳とか、亡くなる101歳までに描き上げた作品が1,600点以上というファンキーさとか……

助手

おぃおい、情報量と質がヤバすぎるわ

bon

でしょ?

しかも彼女が生を受けたのが1860年、その翌年には祖国アメリカで南北戦争が勃発 (1861~65年)という時代背景、もはやその生い立ちまでもがロックそのもの

助手

ばあちゃん、色々と規格外だな

bon

そうなの

しかも当時は「ロウソクの自作が家事のひとつ」で、必需品のほとんどが手づくりという時代

にもかかわらず、高齢やら絵画技法を学ぶ環境やらを抜きに描きに描いた1,600点……

「レジェンド」の称号がこれほど似合うグランマはなかなか居ないっしょ

この作業は作品名「Candle Dip Day in 1980」に描かれている。

どこまでも拡がる農場風景をバックに、駆け回るワラシと動物を手前に配置、その傍らで行われるロウソク作りという牧歌的な日常の一コマ。

淡い色使いで表現されたほっこり具合が良き。

ちなみにばあちゃん曰く、ロウソク作りは「退屈だがやらなきゃならないこと」という位置付け。現代人には新鮮に映る一方、当人には単なる愚痴のネタのルーチンワーク。なんともジェネレーションギャップが染みる逸品。

助手

1,600点以上の作品群、何度聞いても凄すぎるわ

bon

だよねぇ、しかも絵を描き始めたきっかけがリウマチに対する反逆というロック魂

助手

なにそれ?

bon

ばあちゃん、元々は刺繍絵が得意だったんだけど、リウマチで針仕事を断念せざるを得なかったんだって

普通なら意気消沈しそうな難儀だけど、創作意欲が規格外ゆえ、針がだめなら筆があるじゃない的に絵に転向したそうな

かくして70代からの再挑戦がスタート、まさに反逆のチャレンジ精神ですな

助手

もう、ストーリーがいちいちレジェンドだわ

魅力②|喩えるなら「綾波レイ」

bon

魅力の2番目はやっぱり作品、これらの良さをエヴァで喩えるなら「綾波レイ」かな

助手

余計分からんわ、もうちょい分かるように言ってくれる?

bon

ばあちゃんの絵の良さ、その本質を考えてたら、ふと思いついたのがそれだった……てかナゼに「綾波レイ」なの?

助手

言ってる自分でも分かっとらんのかいッ!?

bon

漠然とは分かるような、でもうまく言葉にできない感じ

まあ本質はムズいので後回し

助手

てきと~だな……

bon

話を戻して、ばあちゃんの魅力だけど、「描写の精巧さや高度な画法、圧倒的な存在感によって感動する」ってタイプの画家ではないんよね

例えば、かつてネロ少年がルーベンスの「キリスト昇架」を観て、その荘厳な重厚感にショック死したのとは全然違う

助手

あれはショック死じゃねぇ

てか、純粋な画力と無関係な魅力、ってこと?

bon

そう

画力で言ったら、むしろばあちゃんのタッチは有名どころの印象派より粗さが目立つかも

それが高齢等に由来する精巧さの限界だったのか、もしくは一周まわって高等テクニックだったのかは分からないけど……

bonは「観るのが」好きなだけの美術ド素人かつ変態です。本記事は個人の感想・エンターテイメントとしてお楽しみください

助手

ふむ、後でばあちゃんの墓に向かって土下座は確定だが、続けて

bon

ウィ、ばあちゃんの絵の魅力はね、その一枚一枚の”重さ”にあるんだと思うの

ばあちゃんの絵に向き合うとさ、それが晩年の限られた時間を費やした作品であること、不自由であったろう手で最大限の創意工夫を凝らした表現であること、日常の中でも特にばあちゃんが愛した1コマであること、その一つひとつの”重さ”が想起されるの

助手

ああ、それならなんとなく分かるかも

bon

さっきタッチの粗さに言及したけどさ、ばあちゃんは擦り切れるまで筆を使うのね

その実物の筆もいくつか展示されてて、ショーケースの中で静かな”重み”を湛えているの

で、「あの擦り切れた筆を使ってこの絵を表現したんだな」って製作背景に思いを馳せると、一枚一枚の絵がばあちゃんの尊い想い出にみえてくるわけ

助手

作品というより想い出か、なんだか不思議な絵だな

bon

そう、不思議

確かに偉大な作品には違いないんだけど、その静かにやって来る感動は理解するというより、「染み込む」っていう感覚がしっくりくるかも

綾波の言葉を借りれば、なんか「分からない・・ただ、ばあちゃんの絵とと一緒にいるとポカポカする」、って感じ

助手

それで「綾波レイ」なのね

まさかばあちゃんをエヴァで表現するとは、庵野監督も想定外だろうよ

bon

てなわけで、一枚一枚の絵というよりも、この展覧会は「全体を通して一つの作品」なのかもって感じたよ

ばあちゃんの「生き様そのものが作品」で、絵はあくまでそれを伝える媒体ね

助手

生き様が作品か、なんかイイなそれ

bon

そんで凄いのが生き様を表現するこの展示会の構成ね

会場には絵画だけでなく、ばあちゃんの机・筆、そして孫への手づくりプレゼント、さらには数々の「名言」が絶妙に配置されているの

だから会場を進むごとにばあちゃんの存在感が増し増しになっていく

まるで自分がばあちゃんが描く農村の一員かもと錯覚したりしなかったり……

で、今振り返ると「展示会場そのものが一つの芸術」だったんだなって思うわけ

もうね、演出家にチューしてやりたいくらい秀逸な構成

助手

そんなにもか……

なんか聞けば聞くほど展示会に行きたくなったてきた

魅力③|ばあちゃんに首ったけ

助手

いろいろとスケールが規格外の展示会ってのは伝わったけど、首ったけって何さ?

bon

端的に言えば、「ばあちゃんのことをもっと知りたい」って感情の暴走だね

これはもう、愛だよ、愛、ばあちゃんラヴ

助手

相当ハマったようだな

で、その愛に至るきっかけは何?

bon

やっぱ絵の内容かな

ばあちゃんの絵の構図って、その多くが重複してるのね

簡単にいうと「広大な農村がどこまでも拡がる背景」、そして「手前にはその農村の人々」が描かれている絵が多いの

んで、大人はたいてい働いていてワラシは駆け回る、といった日常風景なのさ

特徴的なのは人物一人ひとりの表情が豊かで、中にはばあちゃんに手を振ったりと、描き手とコミュニケーションしていること

不思議なのは本人は描かれていないけど、その農村コミュニティの中にばあちゃんの存在を感じるってこと、しかも村の大切な一員として

助手

古き良き農村の一コマ、そこで愛し愛される村民と共に在るばあちゃんの図か……

bon

展示会ではこうした構図の絵が何枚もあるんだけど、春夏秋冬、好天と荒天、そしてハロウィンにクリスマス、そういった時の流れで一枚一枚が少しずつ異なっているの

そのせいか、会場を進むほどにばあちゃんの晩年を一緒にすごしている錯覚に陥るわけ

助手

なんだか、濃ゆい時間だな

bon

でしょ、するとますますばあちゃんに興味がわいてきて、「日常のなかでも、どうしてこのシーンを描きたくなったんだろう」みたく、もっとその内面を理解したくなるわけ

なかでも、ばあちゃんが何気なく発した「美しいものが好き」って一言が印象的でねぇ

約100年という長い人生で、ばあちゃんが培ってきた感性、その感性が「美しい」と感じたものは何だったのか、興味津々ですわ

助手

いち農夫が100年培った感性、それを備えた目が捉え、魅了してやまなかった風景……

うん、確かに気になる

bon

なので、展覧会の終盤はその答えを見つけようと躍起だったね

絵の中に答えがあるはずだから、そりゃもうガン見ですわ

で、そんな心境で観賞すると、もう一枚一枚が「いとしいしと」と化すわけ

あの歯並びの悪いホビットは指輪一個であたふたしてたけど、こっちの「いとしい」絵は何十枚もあるから大変よ

助手

確かにそりゃ大変だな

で、その「美しいもの」は分かったの?

bon

さあ?

でもね、ばあちゃんが100歳のときに描いた最期の絵「Rainbow (虹)」と対面したときに思ったんだよね

決して技術的には高くない、むしろタッチはより粗くなってるし、すでに何度も観てきたありふれた日常、でも、その日常に始めて「」が描かれていたの

それを観て「ああ、キレイだな」って思った、ほんと、ただただキレイだった

なんか涙が出そうになったね

助手

100年の重みか……

bon

うん

で、その虹、ピンクの帯だけ他の色より太くてさ、その太さと優しい色使いの表現方法が「ばあちゃんらしいな」って、妙にしっくりしたんだよね

ばあちゃんが描いた虹を観たのは、それが初めてなのにね

まるで絵と対話したかのような、不思議な体験だったよ

助手

それは、わずかでもばあちゃんを理解できたってことなんじゃない?

まとめ

bon

それでは今回の内容をおさらいしてみましょう

本記事のまとめ|モーゼス展の魅力

  • ロックなモーゼスばあちゃん
    画家としてのバックグラウンドの一つひとつがレジェンド級
  • 喩えるなら「綾波レイ」
    心がぽかぽかする不思議な展覧会
  • ばあちゃんに首ったけ
    あの日以来、寝ても覚めてもばあちゃんのことばかり考えているよ
助手

なんか妙に粘性の高いまとめだな

一方通行の愛がねばっこいわ

bon

いいの、自分、もう自称「ばあちゃんっ子」だから

愛しのグランマの軌跡・名言を胸に明日からも生きてくわ

助手

そうかい

で、印象に残った名言はあったの?

bon

うん、ばあちゃん95歳のときの台詞

昔はこんなにせかせかしていなかった。今よりみんな人生に満足していました

これを読んだとき、本格的に大量消費へと変遷する時代の手前、ばあちゃんは早々に物質的な幸せは何かチガウって、その本質を見抜いていたんだなって思った

助手

なんか、ほんと規格外のばあちゃんだな……

bon

さて、世田谷美術館の「グランマ・モーゼス展」は2月27日(日)までやってるよ

ばあちゃんだけでなく、秀逸な展示構成に関係者一同の愛を感じる「素敵な100年人生」、これは仕事をさぼってでも行く価値ありですな

助手

展覧会で何を感じたか、いろんな人に感想を聞いてみたいよね

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