3000文字チャレンジ|ハンバーグ
今回挑戦する3000文字チャレンジのお題は「ハンバーグ」である。ご存知のとおり、「ハンバーグ」は本チャレンジの記念すべき第一回目のお題であり、いつか挑戦せねばと、常日頃から意識していたものだ。
難題|ハンバーグ
だが、この「ハンバーグ」の一言を、3000文字まで展開させるのは意外に難しい。子供たちの人気メニューという高い知名度を持ちながら、ストーリーに組込むには、汎用性に乏しいワードなのだ。
野暮な中年男が、日常で接することの少ないハンバーグを深堀りしようにも、パッと思いつくのは「作る」か、「食べる」かの二つだけなのである。
それなりに自炊には慣れているつもりだが、それでもハンバーグを作った経験は数回に留まる。このわずかな経験から話を盛り盛りするには、あまりにも印象が薄いのが正直なところ。
せいぜい使えそうなネタは、ひき肉をこねている際に元カノとの何かを連想し、救いようのない虚無感に苛 (さいな)まれたことくらいだ。
しかし、この虚無感を起点に話を拡げることは、ただでさえ少ないフォロワーさん達との離別を意味する。
とはいえ、もう一つの使い道である「食べる」についてもネタがない。両親が厳しかった私は、食事中に食べ物を用いたオイタができない人間なのである。日頃の言動からは信じられないくらい、お行儀が良いのだ。
きっと、見知らぬ男がハンバーグを粛々と食す3000文字の描写は、どこの誰が読んでも退屈だろう。ライティングする私だって苦痛でしかない。
さて、そんな愚痴を並べていたら早くも話題が尽きてしまった。
19時30分|食レポとは
そこで苦肉の策として、これ以降は初の「食レポ」に取り組んでみようと考えている。 実のところ、そう意気込んで近所のコンビニで買ってきたのが、本記事のアイキャッチにある「金の直火焼きハンバーグ」なのだ。
この商品、パッケージには副題として「三段仕込みのフォンドボー使用」と記載してあり、何となくプレミアな感じがするのである。
「フォンドボー」が何かは分からないが三段も仕込んでいるのだ、きっと美味しいのだろう。とくに思い入れはないが、そう思って手に取ったものだ。
さて、食レポと言いつつ、地元の有名店に足を運ぶといった発想を持ち合わせていない点に、実に面倒くさがりな私の性格がにじみ出ている。
余談だが、私は週一の周期で、極度の面倒くさがりにメタモルフォーゼする。ちょうど今日がその日にあたるのだ。
現にこうして記事を書きながらも、購入してきた金のパッケージを開封することもなく、手持ち無沙汰に眺めているだけだ。
正直、私はこのパッケージを持て余している。もしひとたび開封をしようものなら、中身をお皿に盛り付ける義務感が生じるだろう。
残念なことに、私は根が真面目であり、そして「映える写真」は食レポに付き物なのだ。
実際、他のブロガーさんの食レポには、色とりどりの写真が掲載されている。
構図も配置も一枚一枚にこだわりがあり、まるで写真集のようだ。
なかでも、手書きのイラストが挿入された食レポには、感動すら覚える。作者の愛が溢れているのだ。こうしたブログは見ているだけで心地が良い。
ということは、だ。逆に考えれば、このハンバーグの食レポにも、相当の手間暇をかけた写真が要求されることが、想像に難くない。
例えば主役であるハンバーグを惹き立てるため、周囲を赤と緑の新鮮野菜で囲い込み、彩り豊かに飾りつける。そういった要求だ。これは大変な手間である。
私はついさっき、コンビニから帰ってきたばかりだ。なのに、わざわざジャージをデニムに履き替え、ブロッコリーとニンジンを求めて再び外出しなければならない。
しかも時刻はすでに19時半を回っている。近所のスーパーでは夕飯時のタイムセールスが終了したところだろう。きっとニンジンは売り切れているに違いない。
ならばと遠くのスーパーまで足を延ばした場合、帰宅するのは21時近くになるだろう。
21時|調理
さて、骨は折れるだろうが、ニンジンを手に入れること自体は可能だろう。だが、そこから甘く煮付けるのは大変だ。
グラッセを仕上げるには30分は必要だ。たとえ食材を薄く輪切りにしたところで、時短効果は微々たるものだろう。
しかも私には、無駄なところでこだわりを見せる悪癖がある。ここまで手間を掛けたのだからと、さらにアスパラを数本添えたい衝動が、突如沸き起こらないとも限らない。
厄介だ。遠くのスーパーまで、もう一往復だ。
するとどんなに急いでも、スーパーに到着するのは22時の閉店間際だ。きっと店内には「蛍の光」が流れている。
知っての通り、レジ締め作業中の店員さんはメッチャ怖い。「今、お金数えてるんですけど」という眉間のシワが、私は苦手だ。
それでも、どうにかこうにかアスパラ片手に帰宅を果たし、シャキシャキの塩ゆでが完成するのは23時を過ぎたあたりか。そろそろ睡魔が訪れる時間である。
ここでようやくパッケージを開封するも、同時に失念していた新たな具材に出くわしてしまう。ソースまみれのマッシュルームだ。
今回購入したのは「プレミア」だ。きっと中には、豪華絢爛、複数のマッシュルームが入っているだろう。
これらを一枚一枚ソースの中から救い出し、55℃のぬるま湯にて念入りに洗い流す。
その後、トリートメントでキューティクルを整えたら、再度リンスし、余分な水分をキッチンペーパーで除去。
最後にまんべんなくブローをして、初めてマッシュルームは、本来のみずみずしい光沢を取り戻すのだ。
これらは食レポ・ブロガーに定型のコミットメントと聞いているが、いやはや何と手間のかかる作業だろうか。
24時|盛り付け
さて、かなりの時間を要するが、これで食材部門の準備は完璧だ。すでに日付が変わる頃だろうか。
だがパッケージは開いている。途中でやめるわけにはいかない。
しかしながら、そんな決意と裏腹に、私は失念していた重大事項に気づくだろう。そう、うちにはオシャレな平皿が無いのである。
ハンバーグを盛り付ける食器といえば、白くて円形の平皿がスタンダードだ。
一部、最適解はジュウジュウと音を立てる鉄板という意見もあるが、あれは皿ではない。「板」だ。
そもそも一般家庭に焼けた鉄板はそぐわない。とにかくハンバーグが映えるのは平皿なのだ。
しかしながら、手間暇かけて自炊した「海老とモッツァレラのトラパネーゼ」ですら、ラーメン丼ぶりにぶち込んでしまう私の食器棚には、そもそも円形の平皿がない。
メインのお肉とお野菜、これらすべてを収容可能な「円形で平らな物」といったら、我が家にはルンバの天板くらいしかないのである。
だが、これらをルンバに盛りつけたところで、床をランダムに這いずり回るハンバーグが、写真映えをするとは到底思えない。
しかも、それを四つん這いで追いかけまわし、隙あらばナイフを突きたて、咀嚼 (そしゃく)する。
こんな描写はもはや食レポでも何でもない。ただの狂気だ。
平皿が必要だ。しかし、時刻は24時。オシャンティーな食器は諦めざるを得ない。
結局、24時間営業のドラッグストアへ、ソレっぽい平皿を求めて、4度目の外出に繰り出すのが関の山だ。
25時|撮影
さて、疲労困ぱいの午前1時。なんとか盛り付けを完了させた私は、撮影準備に取り掛かっているはずだ。
ハンバーグの食レポたるもの、写真撮影においては肉汁から立ちのぼる「湯気」を捉えておきたい。そして、この「湯気」の撮影は実に難しい。
熱々の料理が湯気を立てている時間は、想定以上に短い。シャッターチャンスはわずかなのだ。よって、事前のスタジオ設営がカギとなる。
背景には湯気を強調できる暗色のスクリーンを設置する。また、不要な陰影を消し去るため、照明は両サイドからがいいだろう。あとは逆光で立体感を出せば完璧だ。
これら一連の準備を整え、撮影が終了するのが午前2時。丑三つだ。ここからようやく、実食が始まるのである。
、、、無理だ。時間がかかりすぎる。このままだと徹夜仕事ではないか。
現在|反省
今まで私は、あまりにも浅薄 (せんぱく)に他者の食レポを楽しんでいた。あの幸福に満ちたブログ記事の背景には、こんなにも大変なドラマが存在するのだ。
彼らブロガーと比較して、私には全てが足りていない。やる気も覚悟も、「平皿」ですらも足りていない。
だが、一歩ずつだ。一歩ずつ、いつか食レポをできる職人を目指そう。時間はかかるだろう。それでも不可能ではないはずだ。
そうして私は遠くのスーパーに向かい、ニンジンを購入した。まずはグラッセを作れる漢になろう。話はそれからだ。