弁当のおかずに納豆のパックが入っていた高校生が引き起こした惨事

201230|3000文字チャレンジ|納豆

3000文字チャレンジ|納豆

刑「どうしてここに連れてこられたか、分かってるな?」

ボ「ええ、分かっているつもりです」

刑「今日、お前を担当する斎藤だ。こっちは鈴木、記録係だ」

ボ「はい、よろしくお願いします」

刑「あと、ここでの会話はすべて録音されている。発言には気をつけるんだな」

ボ「ええ、刑事さん。でも聞いてください。アレは事故だったんです」

刑「おいおいおい、お前、事の重大さが分かっているのか? 事故の一言で済む話じゃない」

ボ「いや、違うんです。違うというか、あの日はただ、いつも通りに登校しただけなんです。

僕だってあんなことになるなんて知らなかった」

刑「お前、今いくつだ?」

ボ「17です」

刑「若いな。俺にも同じくらいの娘がいる。こういうとき、親がなんて思うか分かるか?」

ボ「いえ」

刑「正直にすべてを話し、やり直して欲しいってことだ」

ボ「だったら…!分かるでしょう。僕は嘘をついていない。ワザとじゃあないんだ」

刑「そうかもしれない。ただ今回のケースはやりすぎだ。覚悟はしておけ」

ボ「そんな、僕はどうしたら…」

刑「だからこそだ。全部をありのままに話せ。あと、先に言っておくが、お前はたぶん終わりだ。そして俺はただの仲介役。今後を決めるのは法の役目だ」

ボ「なんてことだ…なんてことだ…」

刑「落ち着いて、質問に答えろ。どうして弁当のおかずに『納豆』なんて持ってきた?」

ボ「知らなかったんです。昼休みにお弁当包みを解いたら、あの納豆のパックが入っていました。すごい存在感だった」

刑「どんなパックだ?」

ボ「普通の白いパックです。発泡スチロールの。たぶん3個入りで、四角いやつ」

刑「銘柄は分かるか?」

ボ「いえ、でも『におわなっとう』ではなかったと思います」

刑「当然だな。もしそうなら、こんな事にはなってない。救急車だって出動しなかっただろうよ。で、他には何があった?」

ボ「他には何も。納豆、そしてライスだけです。刑事さん、僕は本当に知らなかったんだ。誰が好き好んで、学校に納豆なんて持ち込みますか? だってそうでしょう? 高校生なんてのは、悪目立ちしたらお終いだ。すぐに笑いの種にされてしまう。なのに納豆だなんておいしいネタを、わざわざ持ち込むなんて馬鹿げている。アレは僕が入れたものじゃあない」

刑「納豆は、別の誰かが入れたとでも言いたいのか?」

ボ「そうです。きっと母だ。他に考えられない」

刑「母親の仕事はなんだ?」

ボ「主婦です」

刑「専業か?」

ボ「ええ、そうです」

刑 「ばかを言うな!専業主婦が息子の弁当に、納豆をパックのまま突っ込むとでもいうのか?」

ボ「信じてください、刑事さん。十分にありえることなんです。なぜなら最近まで、僕のあだ名は『リューイーソー』だったのですから」

刑「何を言ってる?ちゃんと分かるように話せ」

ボ「先月のことです。いつものように弁当箱を開けたら、そこには真ん中からへし折られたキュウリが、そのまま入っていたんです。丸ごとですよ?」

刑「なんだと? ライスはどうした?」

ボ「ありません。ライスボックスにもキュウリです。同じ手口でへし折られていました」

刑「味噌はどうだ?」

ボ「味噌も、マヨもありません。箸すらついていないのです」

刑「なんてこった。完全な緑一色じゃないか」

ボ「ええ、そうなんです刑事さん。ウチの母は、心にそういう闇を抱えている。だから、おかずの代わりに納豆がひとつ添えられていても、全く不思議はないのです」

刑「だからといって、お前の犯した罪が帳消しになるわけじゃない」

ボ「なぜですか!あれは完全に不可抗力だ。お弁当包みの中に何が入っているかなんて、外から分かりっこない。もし事前に知っていたなら、それをすり替えることだって出来たんだ」

刑「では訊こう。どうして、納豆のパックを開けた? お前が教室でアレを混ぜ混ぜなんてしなければ、こんな惨事は防げたハズだ」

ボ「ああ、刑事さん。あなたも日本人なら分かるはずだ。半合ものライスを、おかずも無しに食べきるなんて不可能だ。あなただって、山盛りのライスを目の前にしたら、きっと途中で箸が止まるはずだ。それが人間というものです」

刑「続けろ」

ボ「僕だって、頑張ったんです。10口までは耐え抜いた。だが限界でした。でも手を伸ばせば、そこにはおかずになる白いパックがある。あれは悪魔の誘惑でした。簡単に抗えるものじゃあない。誰しもが強い人間ではないんだ。」

刑「冬の教室は半分密室だ。そのことは頭になかったのか?」

ボ「当然ありました。でも、他に選択肢はなかったんだ。だってそうでしょう? 半分以上も残ったライスを残飯にするなんて、許されることじゃあない。『米の一粒は汗の一粒』なんです。生産者の顔を思い浮かべたら、とても残すことなど出来なかった。教室で納豆を混ぜ混ぜすること。あれは、そう、『感謝』だったんです。僕の、農家のおじさんに対するリスペクトに他ならなかったんだ」

刑「罪の意識はなかったと?」

ボ「正直、わかりません。ただ、徐々に騒ぎが大きくなる教室のなかで、僕は独り、不思議な達成感に満たされていた気がするのです」

刑「お前のその狂ったリスペクトが、翌日の理科室を地獄へと変えたんだぞ」

ボ「ああ、刑事さん。それこそ事故というものです。どうして混ぜ混ぜの当日に、理科で培養実験があるなんて知ることができましょう。僕は神じゃあない。目に見えない小さな菌が手からこぼれ、栄養たっぷりなシャーレの中に混入するなんて分かるはずがない」

刑「納豆を食べたら、手を洗う。これは国民の義務だ」

ボ「当然です。僕は念入りに洗った。でも納豆菌はある種の生物兵器だ。縄文の時代から改良され続け、恐るべきタフさと増殖能を持っている。いち高校生の手洗いなんかで太刀打ちできるものではありません。それに僕の納豆を食べたのは、他に3人いた。この中の誰が犯人かなんて、誰にも分かりっこない」

刑「なぜそいつらは、お前の納豆に手を出したんだ? あれは30分に一度は分裂する化け物だぞ」

ボ「そんなことは本人たちに訊いてください。単に納豆が好きだったのか、それとも悪ふざけなのか、他人の心の中なんて僕には分からない。そもそもティーン男子のおふざけに、いちいち理由なんてないでしょう。彼らはケダモノだ。風の強い日はスカートがめくり上がるのを期待して、校門近くで不自然なまでに歩行速度が遅くなる。そんな愚かで哀れなケダモノでしかないんだ。あなただって、そんなことくらい知っているはずだ。そうでしょう?」

刑「混ぜ混ぜの翌日、地獄の釜の蓋を開けたのは誰だ?」

ボ「理科教員です。シャーレを保温していた培養器。その扉には鍵がかかっていました。イタズラ防止のためでしょう」

刑「つまり、35℃の培養器の中で、シャーレの納豆菌はぬくぬく育っていたって訳だ」

ボ「ええ、そうです。時間にして24h。納豆菌には48回も分裂するチャンスがあった。条件さえ合えば10の48乗、つまりは280兆個となっていたハズです」

刑「で、開けた先生はどうなった?」

ボ「死にました」

刑「死んだ?」

ボ「ええ、彼の『クールなキャラ』が死にました。扉を開けた瞬間、彼はあまりにも強烈な臭いに『アババァァァ!』と叫び、そのあと小指を突き上げて教室内を走り回ったのです。人は極限状態で『アババァァァ!』と叫ぶ。本能の咆哮です。恐ろしい光景でした」

刑「小指はどうしたんだ?」

ボ「慌てて扉を閉めるとき、挟んだのです。何か『イケナイ音』が聞こえた気がします」

刑「質問は以上だ。何か言い残したいことはあるか?」

ボ「1点だけ。朝食で納豆を食べるなら、食事後に洗顔をした方がいい。さもなくばマスクが、納豆菌に汚染されてしまう。そうなったらお終いだ。奴らは何度洗濯しても蘇るんだ」

3000文字チャレンジ|公式はこちら