3000文字チャレンジ|ひまつぶし
ひまつぶしとは何だろう。本気で何かに取り組むことを「ひまつぶし」というのは違う気がする。では、本気で何かに取り組む人を、傍から冷ややかに観察し続けることはどうだろう? うむ、これは「ひまつぶし」な気がする。今回は、そんなお話。
腐れ縁の友人
私には大学から付き合いのある友人がいる。彼は少々変わっている。何が? とは具体的には説明し難いが、変わっている。
日頃フォロワーさんからのっぴきならない形容詞を頂戴している私が言うのだ。相当なものだ。
だが彼はいいヤツだ。実験用の小動物に名前を付けては、愛玩し、その3日後には自らの手で解剖しながら涙を流す。そんな厄介な業を背負った、いいヤツなのだ。
ある週末の朝、そんな彼からLINEが入った。見れば「これからカッパを探しに行かないか?」とある。
カッパである。伝説上の生き物だ。尻子玉を引っこ抜く、恐ろしい妖怪とも云われている。狩猟免許を持たない我々のような素人が、おいそれと手を出していい相手では、決してない。
なにせ、奴らの両腕は体内で繋がっているのだ。もう一方の腕の分だけ、片腕が伸びる。恐るべきリーチだ。どんな奇抜な攻撃をしてくるかも分からない。
こんな非常識な身体をもった化け物と対峙するのだ。最近になって「ビートセイバー」なる二刀流を覚えた彼でも、きっと苦戦を強いられるに違いない。
そもそも、あれは対人戦を想定した武術である。
それにリスクマネジメントもさることながら、私は分別のある大人である。いい歳した大人が貴重な週末を潰してまで、架空の生物を探しに行くのはおかしな事だ。
もっと言えば時間の無駄だ。そもそも我々は良識ある社会人ではなかったか?
良識のある社会人は、プライベートにも事前のアポが求められることを知っている。気遣いだ。まして週末ともなれば、相手に先約が入っている可能性も高い。
それに加え、今回は伝説級の生物を追う危険なミッションなのだ。
きっとその行程は、一筋縄ではいかないだろう。何しろターゲットは安倍晴明の式神、かの有名な「護法童子」が、自身の助手として製作した自動人形とも云われている。
簡単にいえば乱心した「戦闘用コロ助」だ。設計したキテレツ斎様でも、手を焼く相手に違いない。
これは現代に置き換えれば、孫正義氏の分身たるソフトバンクグループが、業務補助用に製作した「Pepperくん」。
この開発技術が第三国に悪用されたケースといえよう。言い換えれば、おそれ多くも国際特許のガン無視から生じた「黒きPepperくん」なのである。
想像してみて欲しい。街を歩いていたら黒い影が、出会い頭に「いい事教えてあげますよ!」などと、無表情のまま迫ってくるのだ。
もし、逃げ遅れた者がいようものなら「いらっしゃいませぇぇ!」と飛び掛かり、「どうもどうも」と尻子玉を引っこ抜くのである。
もしそれがポップにチューンされた機体であれば、「さぁ、行きますよぉぉ!」とセリフだって威勢が良い。こんな輩に、股間にズカズカ、鋼の腕をぶち込まれるのだ。怖すぎる。
きっと、リアルのカッパはもっと危険だ。しかも奴らは令和の時代まで、誰も見つからなかった「かくれんぼ」のプロである。
当然、我々の探索は週末だけでは全然足らず、平日にまで食い込むだろう。
となれば、月曜の定例会議は欠席するのが決定だ。カッパを理由にブッチするのは、良識ある社会人とは言い難い。
それに正直なところ、カッパよりも遭遇率の遥かに高い上司の方が、私は怖い。
さて、ここまでを鑑みると、いくら腐れ縁の仲とはいえ、今回のオファーはあまりに性急。あまりに迂闊な申し出だ。
例のLINEを評すれば、無礼な誘いに該当するのだ。親しき仲にも礼儀あり。ここは1つ、嗜(たしな)める必要があるだろう。そう結論した私は、短くLINEに返信した。「で、何が要る?」と。
最終兵器「ネジ」
1時間後、彼がハンドルを握るRVでホームセンターを訪れた我々は、そこで小ぶりなネジを買い求めた。何でも、カッパには「鉄」を嫌う性質があるらしい。いざとなったら投げつけるのだそうだ。
初耳ではあったが、カッパの弱点は鉄らしい。外径4ミリ、長さ16ミリのリーサルウェポン。手の中でこれらをコロコロ転がしながら、私は頼れる相方に尊敬の眼差しを向けた。
しかし、いくら弱点とはいえ「麦チョコ」程度のちっこいネジが12個だけだ。しかも相手は「水神」の仮の姿とも呼ばれる、未知なる脅威だ。同じ鉄なら「バール」のほうが心強い。
そう彼に提案すると「良識ある大人は、バールを帯びて『岩手』を目指すものではない」。そう窘 (たしな)められた。
なるほど、確かにアグリーだ。こうした社会規範にうるさいところは、彼の美点といえるだろう。
そして、どうやら我々は、これから「岩手」を目指すらしい。カッパは岩手県に生息している。私は博識な知人を、再び誇らしく思った。
岩手県遠野市|カッパ淵
さて、それから高速を駆け抜けること4時間ちょっと。我々はカッパの伝承が多く残る、岩手県遠野市の「常堅寺」。
その敷地内の「カッパ淵」なる、いかにも怪しげな雰囲気の漂う水辺のほとり、、、から遠く離れた「盛岡手づくり村」にて、盛岡名物の「冷麺づくり」に勤しんでいた。
冷麺の有名チェーン「ぴょんぴょん舎」が提供する「冷麺づくり教室」である。我々はスタッフの指導のもと、粉を練り、そして練り、そのまま「もういいです」と、気持ち強めに叱られるまで練り続けた。
さて、この体験教室がカッパ探しにどう役立つのかは分からない。が、博識な彼のことだ。きっと「腹が減っては戦ができぬ」以上の理由があるのだろう。
全面的に彼を信頼している私は、野暮な質問などしないのだ。
満腹となった我々は、次に村内にある「わら細工教室」の前で歩みを止めた。ここではカラフルな布や鈴でデコった、馬型の郷土玩具が作れるらしい。
彼は無言で私に頷きかけると、ためらうことなく店へと入った。
おそらくは、この馬もカッパとの戦闘に役立つと考えてのことだろう。説明書きには「縁結び」に御利益があると書いてある。
きっと、まだ見ぬ「未来の伴侶」ではなく、カッパとの縁を結ぼうという魂胆だ。彼の真剣な眼を見れば、頭の中がカッパのことで一杯なのは明確だ。
私は、何かしらの奇跡にすがる、彼の背中を無言で追った。
さて、そうして始まった「わらの馬」づくりは、細かい作業に手慣れた私に、楽しいひと時をもたらした。一方、市販の牛乳パックすら満足に開けられない彼には、相当ハードルが高かったらしい。
最終的に馬とも人とも言い難い、奇妙なオブジェを作り上げた彼は、それをカッパと言い張り、店のスタッフを困惑させていた。
確かにおかしな方向に捻れた、手足とおぼしきパーツを見ていると、カッパに匹敵する「謎」のアイテムという風情が無いこともない。
Re: カッパ淵へ
さて、必要なものはこれで全て揃った。ネジと私の「わらの馬」、そして奇妙によじれたワラである。
カッパ淵はここより南東、車で1時間半の距離にある。運転を彼に任せ、私はカッパとの戦闘に備えて仮眠をとった。
そして次に目覚めたとき、我々は岩泉町の観光名所「龍泉洞」にいた。「盛岡手づくり村」より北東方面へ車で二時間、予定と逆の道に進んだらしい。
ともすれば道を誤った彼が、偶然見つけた観光地を、しれっと次なる目的地に置き換えたようにも映るだろう。だが、これでいいのだ。
彼は無駄なことを嫌う男だ。きっとここに用があるのだ。
それに龍泉洞は、総延長が4kmを越す鍾乳洞だ。中には地底湖も存在し、今も未発見の空間がかなりあるという。カッパが隠れるにはうってつけだ。
やはり彼は目の付け所が違う。カッパが生息するのは、なにも「カッパ淵」だけではない。出発から約9時間、ついに我々は未知との遭遇のときを迎えたらしい。
防水性のジャケットを羽織り、それぞれが戦闘記録を撮影するため、一眼レフを手に持った。
なお我々の最終兵器「ネジ」は、当初、大人げのない取り合いとなったが、彼が6個、私が5個持つことで落ち着いた。
ちなみに残りの1個は、その時のごたごたでロストした。たぶん、今も彼のRVの何処かにある。
こうして装備を整えた我々は互いに頷き、車を離れた。普段は無口の彼が饒舌になっている。興奮しているのだ。
休日にもかかわらず、周りに人の気配はない。我々は慎重に、辺りを警戒しながら受付建屋に到着した。閉業時間だった。
無人の受付を調べると、営業時間は16時までとある。現在時刻は17時を回ったところだ。フル装備の我々は取り急ぎ、無言でそれぞれの姿をカメラにおさめた。
その後、近くの売店にて、彼は無言のままガリガリ君を奢ってくれた。この意味は問うまい。
龍泉洞の入り口付近でガリガリ君を食すこと。これがカッパ攻略には不可欠なのだ。